円谷特技プロが50歳に!

今年は円谷プロダクションが創立50周年なんだそうで…
ん?…私よりひとつお兄さん、ってことか??


そんなことはともかく…


お祝いの気持ちと日頃の感謝の思いを胸に…
kare02.jpg
昔のカレンダーなんぞ引っぱり出してきて…


束の間、懐かしんでみたい、と、
kare01a.jpg
そんな主旨でございます。


この1987年版カレンダーはメカ主体の構成となっており…
kare01b.jpg
つまり、怪獣とかヒーローたちは一切登場しません。


デザインも秀抜、写真は綺麗で鮮やかだし、三面図と一緒に構成されていたりもして、
だいぶ昔に子どもを卒業した大人の目にも充分楽しめる筈。


難点があるとすれば、このMJ号やジェットビートルなどの旧作メカ以外は…
kare01c.jpg
スターウルフやアイぜンボーグ、ボーンフリー、コセイドンなど…

つまり、イイ歳したおっさんにとってはごくごく最近に感じられるような…
あんまり懐かしくない作品ばかりである点でありましょうか(笑)。



この翌年、私は東映の『超人機メタルダー』でビジュアルエフェクトを担当するのですが、
(同時期、『光戦隊マスクマン』とか『仮面ライダーBLACK』にも参加したっけ…)
その『メタルダー』で、かつて東映から円谷プロへ出向されて『帰ってきたウルトラマン』
を演出なさった富田義治監督と現場でご一緒し、仕事をさせていただきました。

↓富田組の『超人機メタルダー』、第7話の合成カット用画コンテ。
メタルダーコンテR
7話はメタルダーがタグスキー&タグスロンの兄弟と一戦交える巻でしたね。

その頃から「真理は雑談にこそある」と確信していた私は、大泉撮影所での打合せの席で、
グドン&ツインテールやシーゴラス&シーモンスの巻が、どれほど面白く、心に残ったか、
放映当時小1だった子供の時分に立ち返って熱い思いをお伝えしたところ、富田監督は、
サングラスの奥でとても優しい目をされ、深く当時を懐かしんでおられたんですよね…
その場の光景と富田監督の穏やかなお人柄…昨日のことのように思い出します。

↓『超人機メタルダー』の台本…ただし富田監督ご担当の巻ではないですが…。
ジャスピオンメタルダー台本R


そんなわけで (?) 東映特撮に関わっていながら円谷プロ(というか円谷英二さん)に憧れ、
円谷英二監督の御跡を追い、1歩でも半歩でも近づいて、その御影に触れたくて…
そんな信念の元に特撮番組作りに没頭していましたね、あの頃は…寝る間も惜しんで…
…ほんとに必死の思いで日夜がんばっておりました…

「若い」ってのは、そういうことなんだな…



遡ってその8年前…
1979年、中3になる年ですな…円谷プロからいただいた一枚の年賀状。
tuburayahagaki.jpg
久々の新作ウルトラマン(ただしアニメ)と劇場版の告知がなされていますね。


実写特撮でのウルトラマン復活はこの翌年、1980年の『ウルトラマン80』になるわけで、
1979年は、東宝制作の『メガロマン』が唯一の特撮怪獣番組でしたっけ。
(東映制作の変身ものはここでは省くとして…)

30年以上も昔の出来事なんですが、でもなんだかあんまり昔に感じない。
つい最近の出来事のように感じる。
これが歳をとるということか?…それとも、何か別の稀な感覚の成せる業?…



…まぁいいや。



円谷プロダクション、創立50周年おめでとうございます。
円谷英二さん御歳62の1963年、氏は、新しいTVの時代に映像業界の行末を見据えて、
若手育成が急務であること、また技術伝承の必要性を感じられて会社を設立なさった。
世は激変し、経営体制も変貌したようですが、円谷英二さんの思いをどうか受け継いで、
これからも良質なお仕事を続けていただきたい、ぜひに、と、切に願っております。


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プロフィール

喜多村 武

Author:喜多村 武
 映像Director、絵本作り、
 イラスト作画、アニメ制作、
 鉄道模型の設計などしている
 ”アトリエざんまい” な日々。
 最近は大学にて講義をさせて
 いただいたりも…。

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