『こどもの国』50周年。

わーい。
いいもの戴きました!!!。


このバッジ↓。
コドモバッジ01
なんだかわかります?


クローズアップ↓。ほら、これ。『こどもの国』のバッジですよ。
コドモバッジ02
今ではもう作ってないんですって。貴重なお品を頂戴しちゃいました。


↓『こどもの国』50周年記念イベントの目玉でもあるダットサンベビー。
DATSUN BABY 02R
見事レストア成ったこのコも私とだいたい同世代。関係各位のご苦労が偲ばれます…


ご覧ください、この美しい仕上がり。でも当時、私は一度も乗ったことないんです。
DATSUN BABY 08R
いいなぁ…乗ってみたかったなぁ…きっと上手く運転できなかっただろうけどなぁ…


あの頃の思い出話をたくさん聞かせていただき、とても楽しかったし勉強になりました。
コドモバッジ03
どうもありがとうございました!!!。


そうそう、こちらの50周年記念写真展会場では、、、
コドモバッジ04R
1965年に制作された映画『こどもの国』が上映されておりましたよ。

映画『こどもの国』、今でいうプロモーションビデオ的な内容の40分程の作品ですが、
なんと!!!音楽を担当されていたのが、あの伊福部 昭さん!!!。
穏やかでありながら時に重厚な伊福部節の調べに、驚きとともに深い感銘を受けました。
良い映画だなぁ…そして返す返すも、誠に良い時代であったなぁ…


さて、50周年…


自分が子供に戻ることは絶対に不可能なので、そう考えるといささか寂しいのだけれど、
それでも束の間の懐かしくて暖かくて希望を感じる素敵な体験をさせていただきました。
先々週からずっと腰痛がヒドくてシンドイのですけど、がんばらにゃ…って思いましたね。


そう思うと同時に、そりゃもう現代の子供社会についてもいろいろと考えさせられる…
まずはあのスマートフォンとかいうのをナントカすることですカナ…

スポンサーサイト

映画『銀嶺の果て』

三十年くらい前からずーっと観たかった映画。
つい先日、WOWOWが放送してくれました。


東宝映画『銀嶺の果て』。
ginrei_02.jpg
あの東宝争議の真っただ中、昭和22年8月に公開された作品です。


この、映画『銀嶺の果て』とは、、、
黒澤明さんのオリジナル脚本を基に、映画初監督となる谷口千吉さんがメガホンをとり、
三船敏郎さんのデビュー作となり、伊福部昭さんが初めて映画音楽を担当されたという、
今考えると、奇跡のような出来事が何度も重なったのじゃ!!!というような作品であります。


後に黒澤映画の常連となり、日本の映画産業に大いに貢献することとなる三船敏郎さん。
ginrei_04.jpg
東宝入社時はカメラマン志望だったそうですが、本作で俳優として鮮烈に銀幕デビュー。


重厚な役を演じられたら右に出る者はいない、名優 志村喬さん。
ginrei_05.jpg
悪人だが善人という難しい役を、大胆に、時に繊細に演じ切り、観る者の心を奮わせます。


終戦から二年、東宝が最も多難であった時期に公開された映画ですが、、、
後に世界を驚かした黒澤映画の傑作群も、伊福部節が炸裂した円谷英二さんの特撮映画も、
もし本作が無かったとしたら…だいぶ様相が違っていたかもしれません…


ちょっと大仰ですが、そんな意味で、東宝映画にとって…否、日本映画界にとって…
ginrei_09.jpg
(…そして不肖私にとっても…)なくてはならぬ重要な作品であると認識しております。


それから、そうそう、このことを書かずにはおれません。
悪役の志村喬さん(あの風貌とお声ですから…)が心を通わす山小屋の娘、春坊の役を、
この8年後に『ゴジラの逆襲』でヒロインを演じる若山セツ子さんが熱演しておられます。


若山セツ子さん。
ginrei_06.jpg
「この人、子役出身だったのか!?」と驚きつつ、明るく溌溂とした演技に心打たれます。


厳冬の銀嶺に一輪の花を咲かせ、雪で孤立する山小屋にまだ来ぬ春を香らせる可憐な少女。
荒くれ者の逃避行を、彼女が情緒豊かで清らかな物語へと昇華させ、観る者を感動させる。


そしてもうひとつ、そこにあるのは山、山なのです。
これは、登山の楽しさ、素晴しさ、厳しさといったものを、
まるで命を削るようにして、見事に収めた作品でもあるのです。
頂から望むローゼンモルゲン、薔薇色の朝。
亡き我が父もこよなく愛した山、訪れる者の魂を濯う山。
そこに集い住まう人々を、優しく、強く、抱く山。。。


映画を観終えて、、、


そうだ、こうして人間の業をあたたかい視点で描くのは黒澤さんならではだな、と感じ…
ginrei_08.jpg
今後の人生において度々観返したくなる、私にとってそんな愛すべき1本となりました。


『銀嶺の果て』…今年観た映画の中で、今のところ一番のお気に入りです。
ginrei_07.jpg
興味がおありの皆さん、ぜひ一度、ご鑑賞くださいませ。。。


À bientôt!

『Perfume Anniversary 10days 2015 PPPPPPPPPP/LIVE 3:5:6:9』@日本武道館(長いね(笑))

え〜と、ついさっき特別番組『MJ Presents Perfume 10th Anniversary』の生放送が
無事終了、楽しかったですね。感動しちゃいましたね。

え〜と、え〜と、さて本題。

だいぶ日が経ってしまいましたが、、、
去る9月某日、行ってまいりましたよ日本武道館へ。


『Perfume Anniversary 10days 2015 PPPPPPPPPP/LIVE 3:5:6:9』
20150927ぱライヴ06R
変わったタイトルですが、3:5:6:9…さて、なんと読むでしょう?(笑)。


これまで何度もPerfumeのライヴを体験してきましたが、、、
三五六九f
彼女たちのステージには毎度驚かされっぱなし。


で、今回もやはり、というか、もうびっくり…


いやびっくりどころじゃない。
三五六九e
ちょっと衝撃的ですらある凄いステージなのでした。


現実の3人とヴァーチャルの境界がもはや判別しづらいテクノロジー満載の尖った演出あり、
またそれとは正反対に、、、
すぐそばで一緒に楽しく遊んでいるような、客席との距離を感じさせない愉快な演出あり…

なにより衝撃を受けたのが ”その場でサイコロ降って曲順決めて…” ていう新趣向 (!!!) 。
名付けて "すごろく” スタイル…そう、タイトル3:5:6:9の読み方は、まさにソレ。
普通に考えたらできそうにないことをさらりとやってのけるPerfumeの3人も勿論凄いし、
そんな彼女たちを支えるスタッフ諸氏の高度な技術とお互いの信頼感たるや、はんぱない。

本来ある筈の『垣根』をぶっこわし、武道館の中央に設えた360°見渡せるステージ上で、
彼女たちの言う『プロ根性』を我々は目の当たりにする、そんなライヴでありました。

「お客さんを楽しませたい」という彼女たちの熱い思いは、結成して15年経つ今も変らず。
開演早々のちょっとしたハプニングも、いつもの決して諦めない姿勢でさらりと乗り越え、
通常だいたい2時間半くらいのステージが、今回は3時間越え (!!!) だったのも驚き。


今週土曜日にWOWOWで放送予定。いずれDVDやブルーレイでも商品化される筈なので…
三五六九gR
機会があれば皆さんにもご鑑賞&ご堪能いただきたいなぁ…
でもあれかな…収録素材は武道館じゃなく広島公演の方なのかな…


それにしても…『ぱふゅ〜む』時代のもみじレーベルの楽曲、13年経った今回、あらためて
生で聴かせてもらい、しみじみと、やはりイィ歌だったんだなぁと感じました。
心に深く響きましたヨ。。。


ちっさい頃からがんばり続けたからこそ ”今” がある。
三五六九b
泣けたね…ライヴを存分に楽しみつつ…やっぱり…泣けたよ…うん…。


本日最後は、お祝いのお花の写真で締めたいと思います…
20150927ぱライヴ09R
が…あれっ?…


シムラさん…?
20150927ぱライヴ07R
お仕事、何かご一緒されてましたっけ(?o?)。。。


では、ばははい。


10月17日18:30追記
上記写真の件。シムラさん、TV番組でご共演だそうです。
「SWITCHインタビュー 達人達(たち)」 11月14日(土) 22:00〜23:00 放送予定
収録済みだったんですね、失礼しました。

『鶏づくし展』いよいよ会期はあとわずか。

私が映像制作を担当させていただいた『鶏づくし展』at 文京区教育センター2F。
いよいよ会期は10月17日まで。


東京大学総合研究博物館 遠藤秀紀教授による貴重なニワトリの剥製展示、『鶏づくし展』。
とりずくし07RR
6月に始まった時はこの先ずっと永遠に続くかのように感じていましたが、間もなく終了。


これまで大勢の方々にお越しいただいておりますが、お子さんたちも大勢見に来てくれて、
ノートに書き込まれた感想文を読むと、驚いたり感激したり、剥製の臭いにとまどったり、
それぞれがさまざまなスタイルで『知』との出会いを楽しまれているご様子です。


そういえば…先日、こんな風に記事にもなりました。
鶏づくし記事
珍しいコレクションを『珍コレ』って略すのは…ちょっとね…どうかなぁ…。


ともかく、各方面で話題となっているようですよ。


皆さん、お時間あればぜひ『鶏づくし展』の会場へ足をお運びくださいまし。
Vより
世界中の珍しいニワトリたちがお待ちしております。こっこっこっこっこけっこー。


↓撮影時に教授が撮ってくださったスナップ写真で本日はお別れです。
P5160011RR.jpg
では、ばははい。

Citroën BX16TRS 『The early model conversion』

いつかは決定版と言えるレポートを書きたいと考えていた本案件。
先般某氏よりありがたいご質問を頂戴しましたので、ここで思いきって記事としてまとめ、
これをご質問への回答とさせていただこうと考え筆をとりました。
内容は、1987年以降製造されたBX16TRS後期モデルの外装を、1982〜86年まで製造され
た初期モデルにコンバートする工程をまとめたもので、89年モデルに施術を行いました。

なおバンパーやフェンダーの脱着方法等、Haynes社整備マニュアルに記載のある項目は、
特記事項がある場合を除いて割愛しましたのでご理解のほど。

それでは、はじまりはじまり。。。



………Citroën BX16TRS 『The early model conversion』………



まずフロントバンパーの交換。

後期モデルとのネジの位置、左右のブラケット共に、形状として問題はありません。
BX0001.jpg
が…交換するにあたり留意すべき点が3つ。



その1:初期バンパーのみに存在する4つのネジ穴(後期モデルでは廃止されている)

白バンパーの方が判り易いと思うのでこちらで見ていきます。
bxbumperF0R.jpg
ロワーグリル上端辺りに穴が4つ、初期バンパーではここにもネジが必要です。
当然ながら後期モデルにはネジを受けるナット類はありません(穴は開いています)から、
ウエルナットやクリップナットを使用する等、装着方法を独自に考案する必要があります。
いずれにしてもホームセンター等で売られている汎用品で代用可です。
なおHaynes整備マニュアル日本語版ではここのネジは外側2本のみとされていますが、
別パーツのロワーグリルと共締めなので、やはり4本あった方が良いように私は思います。



その2:タイヤハウス内の黒い樹脂カバー(マッドガード)を一部カットする必要有り

初期バンパーは、当時流行の(GS譲りともいえる)下部を絞ったデザインが施されており、
フロントフェンダーのフレアを広げた後期モデルではタイヤハウス内のカバーが大き過ぎ、
そのままでは初期バンパーは装着できず、現物合わせで一部をカットする必要が生じます。

フェンダーアーチ内側樹脂カバー、通称マッドガード(ユーノス版パーツカタログより)。
べいくす図1
着色した部分の前方をバンパー内壁のカタチに合わせてカットします。
切り過ぎないよう注意が必要です。



その3:初期バンパーと後期フェンダーとの間に隙間が生じる

これが意外に厄介で…初期モデルでは、、、
bxbumperF1.jpg
バンパーとフェンダーの間に付く黒いサイドモールはフェンダー側に装着されています。

ところが後期モデルでは、モールはバンパー側に付くため、、、
bxbumperF2.jpg
ご覧のようにフェンダーの所定の位置にはモールの影も形もありません。

しかも初期フェンダーはコーナーレンズ下部までサイドモールが回り込んでいますが、、、
bxbumperF4.jpg
上記の後期フェンダーではコーナーレンズ下部が欠損してしまっています。
このため後期モデルに初期バンパーのみ装着する場合、この隙間を埋める必要があります。



さて、それでは後期モデルに初期フロントバンパーを装着します。

写真は後期モデルのバンパーを外し、今まさに初期バンパーを付けようかという状態です。
ナンチャ01R
この時点で上記留意点1及び2はすでに解決済みです。

初期バンパーを装着しました。が、ボディ形状も塗色も後期モデルそのままですから、、、
ナンチャ04R
ちょっとちぐはぐというか、とってつけた感は拭えません。そこで、、、

コーナーレンズをクリアオレンジで塗装。まだモールの隙間は埋まっておらず、、、
ナンチャ03Ra
この中途半端なままの格好で公道を走らせるわけにはまいりませんので、、、

私は金属板を加工して、隙間を埋めるためのパーツを自作しました。
ナンチャ03Rb
サイドモールの代用として汎用ゴムモールを接着。このパーツをネジで固定します。

上記パーツの固定には既存のネジ穴を使います(ユーノス版パーツカタログより)。
べいくす図2
後期フェンダーにはバンパーを支えるツメが装着してあり、これを外したネジ穴を利用。

写真は、自作パーツを隙間部分にネジ留めして装着したところです。
ナンチャ03Rc
これで留意点3も解決。パッと見の違和感は解消されるでしょう。

当初は私もバンパーのみの装着を模索し、上記のように一旦は作業を完了しましたが、
結局考えを改め、後日フロントフェンダーも初期モデル用と交換することにしました。
どこまで追求し、どこで線引きをするか…全てはさじ加減次第というわけですね。
初期フェンダー装着の際、前述マッドガードを一部カットするのは言うまでもありません。
(ご質問いただいた件、これでお答えとなっていますか?)

フロントバンパーについては以上です。



続いてリアバンパーの交換。

リアは、フロントに比べるといささか難儀します。
BX0004R.jpg
ネジの位置や数は同じですが、一部形状が異なるため諸々工夫が必要となるからです。

またもや視認し易い白バンパーで見てみます。
bxbumperR1.jpg
写真は、後期モデルの所定の位置に初期バンパーを合わせてみた状態です。

ご存知のように、後期モデルは幅広タイヤ装着を想定し(GTiとモノコック共用するため)、
bxbumperR0.jpg
リアフェンダーが大幅に広げられています(それに伴いブラケット装着部も変更)。

そのため、初期バンパーでは幅が狭すぎてそのままでは装着できません。
bxbumperR2.jpg
こうして一見すると、何も問題なさそうな初期バンパーですが、、、

よく見ると左右に向けて強引にハの字に広げられたため、サイドが波打って変形、、、
bxbumperR4.jpg
無理な応力がかかって一部には小さな亀裂も生じています。

初期バンパーは後期バンパーに比べて品質は低く強度不足で、保管状況にもよりますが
ちょっとしたことでへこんだり割れたりすることがあり、無理な取扱いは禁物です。
そして肝心な点…このような取り付け方ではブラケットが装着できません(大問題です)。

さて、上記の問題を解決するには、、、
bxbumperR5.jpg
もはや現物合わせで部材を一部カットするより方法はありません。

私が施した加工、こんなに薄くて大丈夫か?と心配になるほどサイドを薄くカット。
bxbumperR6.jpg
ブラケットもそのままでは装着できませんので、まずは相当なサイズにカットし、、、

最小限残した部材にボルトとナットで固定(リベットは後の修理が難しいので不採用)。
bxbumperR7.jpg
PPバンパーは接着に不向きで溶着しても強度を保つのは困難、結果導き出した方法です。
これで私の場合ブラケット部を破損することなく無事に装着できました。
強度が明らかに不足する初期バンパーですから、後期モデルへの装着には気を遣います。

と、ここまででお気づきかもしれませんが、もしもバンパーだけを交換するとした場合、
ベルリーヌよりもブレークの方が断然らくちんです。
ブレークならばリアバンパーは初期モデルとほとんど同じでそのままいけますから。。。

以上でリアバンパーについても終了です。



ついでに、ホイールキャップについて、、、

本来の初期モデル用ホイールキャップは黒色成形のPPでできており、、、
bxbumperR9.jpg
楕円状の溝の部分以外をライトグレーに塗装したもので、黒い部分は元のPPの色です。

しかしながら、私の場合は後期16TRSモデル用の銀色に塗られたキャップを使用し、、、
bxbumperR10.jpg
楕円状の溝の部分を黒く塗装しました(マスキングがびっくりするほど面倒)。
その苦労が報われたか、つや消しブラックが締まってシャープな感じに仕上がりましたが、
このあたり、どこまで本来の姿にこだわるか、でありましょう。。。



あとは仕上げとして、、、

初期モデル用フロントフェンダー装着(勿論コーナーレンズと丸型サイドマーカーも)、
BX0003.jpg
ボディをルージュヴァレルンガ(初期モデル純正色)で全塗装。

元色がルージュフュリオのためボンネットを開けてもほとんど違和感なく、、、
BX0007R.jpg
Egルームの見栄えも良好(傷みがちなコーションステッカーもレプリカを自作し貼付)。

リアのバッジ類も初期モデル用のアルミ製パーツを装着(オートマバッジはCXと共通)。
004R.jpg
結果、サイドミラーとサイドモール後端部、そしてリアフェンダーさえ注視しなければ、
見事に初期モデルに化け果せることとなりました。

内装は後期!外装は初期がすき!という愚かで天の邪鬼な発想から始めたことでしたが、
P8101169R.jpg
相応の時間を研究と実践に費やして充分楽しみましたし、仕上がりも満足ゆくものでした。


しかし所詮これはニセモノであり、巷ではモディファイなどと横文字を使いこの手の行為を
推奨するかのような傾向にあるようですが、私は単に "改悪" でしかないと考えています。


一例として…後期バンパーを見てみます。
bxbumperR8.jpg
かどをアールにし、僅かに折り目を付けたり部分的に補強するなど改良の跡が見られ、、、

初期バンパーとは桁違いにしっかり丈夫に作られています。
bumper比較R
軽量化全盛だったこの時代としては理に叶った設計であり、質実剛健、誠に高品質。


初期モデルはVISAの時代のPP加工技術、後期はAXの時代ですから、たった数年とはいえ、
自動車製造技術の革新を痛感し、より良い製品作りに挑むメーカーの取組みに感服します。

それなのに、なぜ私は、品質の低い初期生産分のパーツをわざわざ取り付けるのか。。。
本物の初期型BXを買えば良いものを、ここまでやるのは何故か?と自問する日々(笑)。

安直な流行語と化したようでキライな言葉の筆頭ですが『自己責任』とはまさにこれ。
こうしたコトを自分がどう捉えどう考えどう納得するか。
十数年前の私はこれを熟考し、これを胸に刻み、己を恥じつつ ”改悪” を行ったのでした…
いやはや。。。



最後にざっと総括をば、、、
初期モデルコンバージョンによって内装は後期、外装は初期という己の理想を具現化でき、
愛車として東奔西走、充実した愉快な日々を存分に提供してくれました。
その間、困るようなことは何らありませんでしたし、継続車検も問題なし。
ただし…慣れない整備工場では型番違いの間違った部品を取り付けられそうにもなり、
相手によっては年式や ”改悪” の事実を正しく報告しないと面倒なことになりかねません。
そうした点で多少なりと余計な気を回したりもしたものです。。。



長くなりました。
BX0006.jpg
これにてレポートは終了です。


写真がばらばらでちょっと見辛い内容となってしまいましたが、、、


お役に立てれば幸いです。
ベイクス冬R
最後までお読みいただき、ありがとうございました。

プロフィール

喜多村 武

Author:喜多村 武
 映像Director、絵本作り、
 イラスト作画、アニメ制作、
 鉄道模型の設計などしている
 ”アトリエざんまい” な日々。
 最近は大学にて講義をさせて
 いただいたりも…。

最新記事
月別アーカイブ
カテゴリ
検索フォーム
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR